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日立はなぜV字回復できたのか?

2021年11月14日

日立がV字回復できた理由 上場子会社整理や売却も「攻め」

「総合電機メーカー」の雄だった日立製作所がグループ存亡の危機を迎えていたのは、リーマンショック後の2009年。7873億円もの巨額赤字を出したが、その後、2021年3月期に過去最高の5016億円の純利益を叩き出し、国内ではトヨタ自動車に匹敵する“最強グループ”になるなど、見事にV字回復を果たした。


 なぜ日立はこれほど力強く甦ったのか。2009年の危機下で舵取りを任された新たな経営トップ、川村隆氏の手腕によるところが大きい。

 日立製作所副社長を経て、日立マクセル会長など子会社に転出していた川村氏は、総合電機メーカーとして広げていた事業構造の「選択と集中」を進めていった。

 鉄道システムなどの『社会インフラ』と、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用した最先端の『IT分野』に経営資源を集中させる事業構造の大転換に着手したのだ。

 その後、川村氏が会長職に専念することとなった2010年、後継社長となった中西宏明氏(故人)も改革の手を緩めなかった。

 家電ではテレビの生産や携帯電話の事業から撤退し、22社あった上場子会社は売却、もしくは完全子会社化することで整理が進められた。2012年3月期には、純利益が当時の過去最高となり、約3年で経営は立ち直った。経済アナリストの森永卓郎氏は「そこまでやるか」と驚かされたという。

「かつて『御三家』と呼ばれた日立化成、日立金属、日立電線(2013年に日立金属に吸収合併)も本業との相乗効果がないと判断され、すべて売却されました。あれだけの荒療治をトップが推し進めたことが、V字回復できた理由だと見ています」

 リーマンショック後の苦境に喘いでいたのは、日立だけではない。ライバルの東芝やパナソニック、シャープなども変革を進めたはずだが、いまや日立との差は歴然としている。なぜか。近著『ゲームチェンジ日本』(MdN新書)などで日立の事業構造の転換を分析している真壁昭夫・法政大学大学院教授が指摘する。


「なかでも東芝は総合電機メーカーとして日立と肩を並べる存在でしたが、不正会計問題や米原発事業での巨額赤字が発覚し、上場廃止の危機に直面。稼ぎ頭だった半導体事業や成長期待の高かった医療機器事業の売却を行ないましたが、切羽詰まった“切り売り”にしか見えなかった。

 対して日立は、新たな事業戦略を明確にする“攻めの売却”を行ない、東芝との差を拡げました」

 日立は子会社売却を進める一方で、IT分野では米グローバルロジック社を1兆円で買収。社会インフラではスイスの重電大手ABB社の送配電事業など巨額買収にも踏み出している。決断の背景には、川村、中西の両氏を継いで2014年に社長に就任した東原敏昭氏(現・会長兼CEO=最高経営責任者)の存在があった。

「歴代社長が東大工学部出身者が多数を占めるなか、東原氏は徳島大学卒(ノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏と同期)という異色の経歴。従来の“主流派”では不可能な改革を進めるセンスと実行力がありました」(同前)

 改革が進められた後にトップに就任したとはいえ、危機感は強く、『週刊ダイヤモンド』(10月2日号)のインタビューではこう答えている。

〈このままでは日立がもう一回赤字になるという危機感をひしひしと感じていました。『V字回復』ではなく、『W回復』になりかねなかったのです〉

 東原氏と複数回会い話した真壁氏は、他人をリスペクトし、柔軟に対応する人柄が魅力と話す。

「以前、講演で一緒になった時は、私などの話に熱心にメモを取り、その後に登壇すると私の話を引き継いで話を展開する。巨大企業の経営者なら、あらかじめ用意してきた話をすることが多いが、その場で人の話を聞き、それに合わせる臨機応変さが強く印象に残った」

※週刊ポスト2021年11月19・26日号



引用元の記事はこちら(https://news.yahoo.co.jp/articles/0ac32f180f6cb66055689f8a725f4fa24bc81a80)


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